ピノキオとダンス
「そう、勿論、そんなわけにはいかない。だって千沙の世界はあそこじゃないでしょう」
彼女はうんざりとして自分がいた世界を思い出す。さっき戦争をしている世界にいた時は素晴らしく思えたあの「私の世界」が、今は何て色あせて見えることだろうか。
いつもの自分、27歳総合商社勤めの女に戻ると、一人暮らしの部屋に冷めた晩ご飯。椅子の上のピノキオは、また木製の人形に戻ってしまって私に笑ってくれたりしないんだわ、そう思って彼女は無意識に唇をかみ締める。
今は温度を持って彼女と手を繋いでいるのに、またピノキオは人形に戻ってしまうのだ。
3のドアの向こう側では、あんなに綺麗な肉体を見せて、リラックスして笑っていた彼が。また「私のピノキオ」に戻ってしまう・・・。
それは、第3の世界をみてしまった後の彼女には泣けるほどに悲しいことだった。
隣のピノキオがじっと見ているのが判っていた。だから彼女は顔を背ける。潤んでしまっている瞳を見せたくなかった。心配させたいわけではないのだ。ここはやっぱり、大人として強がっておこうって。
「・・・千沙。悲しいんだね。そうだよね、僕も、やっぱりちょっと悲しいよ」
ピノキオの声は少年のようだった。さっきの世界で聞いた大人の男性の声ではなかった。そのことに、また少しばかり涙を流す。
ピノキオは、彼ではないのだ。それが痛いほど判ってしまったのだった。
「次も・・・幸せな世界だといいね」
千沙は黙っていた。だけれども、ピノキオは千沙の視線の先を追って、そのドアに「4」と書く。それから、彼女の手をそっと引っ張った。
「さ、行こう」