ピノキオとダンス


 カーテンの隙間から春風が吹き込んでくる、眠くなるような午後の光を親子で浴びていた。

 結婚して4年、夫と二人で忙しく働いてきて、ようやく購入した郊外の一軒家。そこに越すと計ったように妊娠して、驚いたものだった。

 生理が来ないのは、引越しで生まれたストレスのせいだと思っていたのだ。新しい環境、親も友達もいない場所で、二人で仕事を懸命にして生きているストレスだって。だからもしかして、と思って買った検査薬で陽性が出たのを確認したトイレで、千沙は口をあんぐりと開けてしまったのだった。

 まるでこの家にくるのを待ってたかのようだったね、そう言って夫も笑った。今まで避妊もせずに、それでも妊娠しないできた生活で、環境が変わってすぐだったのでビックリしたのだ。もう二人には子供は出来ないかもしれないと、二人とも口に出さずとも考えていたからだった。

 生まれてきたのは夫によく似た息子で、両方の実家の親も目を細めて喜んだ。

 千沙は産休に入り、今ではこうして暖かい昼下がり、息子に母乳を飲ませながらトロトロと眠気に誘われている。

 ぼんやりした、それでいて繊細な幸福な中を漂っていた。

 目を閉じておっぱいを口に含む息子の産毛が光にあたってキラキラと光る。彼女は手でひさしをつくって、息子の顔に直接光が当たらないようにした。

 この小さな手、そこについている小さな爪が不思議でたまらない。こんなにも完全な形で生まれてくるのに、どうして人間の赤ん坊は一人ではなにも出来ないのかしらね、彼女は今日もまた、そんな質問を息子に向かってしてしまうのだった。


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