ピノキオとダンス


 48歳の時に車の事故にあって右目の視力を失っていたから、彼女は左目を精一杯見開いて、彼の姿を見つけ出した。

「ああ・・・」

 唇からもれる声は嬉しそうだ。

 男は杖をついて、ゆっくりと彼女の前にきた。二人は立って抱き合うことはしなかったけれども、彼がテーブルの上の彼女の手をポンポンと叩く。それだけの挨拶をした。

「・・・本当に久しぶりだね」

「そうね。・・・お互い年をとったけど、あなたは元気そうだわ」

 彼女の言葉に彼は頷く。それから、ゆっくりと前の椅子に座って帽子を取った。

「皺の数だけ笑ったんだ、と思うようにしているよ」

「それ、判るわ。負けず嫌いなところは変わってないと知って安心したわ。国も、街も、いろいろと変わってしまっていたの。・・・だからあなたがここにいて、初めは夢ではないか、と思ったものだわ」

 思いは同じだった。彼とて、自分だけはずっと同じ場所に住んで同じ店に通っていたが、友達は皆どんどんいなくなり、死亡通知もほとんどこなくなってしまったのだ。

 いつものように朝店にきて、新聞を読み、軽食を食べて、孫の学校が終わるまでを過ごしていた。そんな平坦で変わらない毎日の中に、ひょっこりと若い頃の女友達が現れたのだから。

「奥さんはまだお元気なの?」

 彼女は気になっていたことをやっと聞く。二人の結婚式に出て、花びらを撒いたのが、この男友達の妻を見た最後の時だったのだ。


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