ピノキオとダンス



 千沙はいつものように、一人で部屋にいた。

 今日は仕事が忙しく、しかも無駄でイライラする会議にまで参加させられて、帰りの電車の中では現代人が感じる社会的ストレスはマックスだったのだ。

 彼女は険しい顔でドアを閉めて、鞄をベッドに放り投げる。こんな夜にはゆっくりとしたバスタイムだ。それに限る。

 そんなわけで、小さくても独立したお風呂を持っている千沙は、そこで心行くまで手足を伸ばし、微笑みが戻るまでは出てこなかった。

 体中から湯気をあげて、鼻歌交じりで台所に立つ。

 それから自分の為にちょっとしたご飯を作り出した。

 
 その夜も雨だった。

 カーテンを閉めていない窓の外では、暗闇に雨がベランダにあたる音。千沙はお鍋をかき回しながらチラリと窓際のピノキオを見る。

 あの子に命が宿って――――――一口味見をしてから頷いて火をとめた――――――私を不思議なところへ連れて行ってくれたのも、こんな夜だったわ、それを思い出していたのだった。

 あの彼からは、その後暫く経ってから、電話が来たのだ。

 俺が悪かったよ、あれは誤解だったって、聞いたんだ――――――――電話の向こうで彼はそう言っていた。その言い方は、千沙は当然自分を待っていて、この電話も待っていて、二人はこれで元通りという方向に話が進むのを、確信しているような言い方だった。


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