ピノキオとダンス
両親が離婚して一人っ子の千沙は一人ぼっちで家にいることが多かった。それで父親がくれたのは人形なのだ。千沙が寂しくないようにって。命あるものを、例えば犬や猫を与えると、またいつか来る別れで娘が傷付くだろうと考えたのかな、と大人になってからは思った。
だけどとにかく、その夜以来、千沙は身長110センチほどの木製の人形である「ピノキオ」と時間を過ごしてきた。
長い夜をいつでも一緒の部屋で寝たし、受験の苦しさや新しい友達が出来た喜びも伝えた。ベランダから一緒に花火大会も見たし、卒業証書を持って一緒に写真にも写った。だからあの彼に恋した時も一番に報告したし、彼と付き合えるようになった時などは、あまりの喜びに一緒にダンスも踊ったのだった。
ピノキオ、ともう一度千沙は呟く。呼びかけではなく、ただ、名前を零しただけの。
ねえピノキオ、彼はいなくなってしまったわ、と、今度はちゃんと話しかける。
だけどどうしてかしらね、指は震えるけど、体から力がなくなってしまったけど、私は泣けないのよ、そう言って、千沙は歩いて行って、ピノキオを抱きしめる。
ねえ、ピノキオ。泣けないの。私、何故だか泣けない。多分泣けたら――――――――楽になるのだって思うのだけれど。
動かない木製のピノキオ。
ピノキオは笑わない。
だけど責めもしない。
千沙は少しばかり慰められた気がした。