ピノキオとダンス
それは千沙が彼氏に電話で振られて、3日後のことだった。
秋の夜は杮落とし、そのままで、夕方の美しい時間は省略されてしまい、あっさりとストンと夜が落ちてくる。そんな夜の中、千沙は一人、夕食を食べかけのままでぼーっと窓にうつる自分を眺めていたのだった。
すると、声が聞こえたのだ。
「ち、さ」
その声は、そう言った。
え?一瞬わけが判らずに千沙は目を瞬いた。それから、自分はこの一人暮らしの部屋に勿論一人でいるのだ、ということに気がついた。
当たり前だ。父親と二人の生活から離れて、この部屋に越してから私は独り言が増えてしまった。会話にならない言葉たちはいつでもそのまま天井に消えていくはずだ。こんな風に、話しかけられたりなどしない。
パッと振り返る。声がした方はこっちだと、感覚が判っていたらしい。
そこには椅子が。いつもの、壁際に置かれた古い椅子には千沙の大事なピノキオが―――――――――
いた。
確かに、いた。だけど、立っていた。
千沙は驚いて目を見開く。木製の、腰までの大きさのピノキオが自分の足で立っていた。カタン、と木で出来た足が床を踏む音がして、ぎこちなく、ピノキオは千沙の方を向こうとしている。
「え?」
千沙の手からお箸が落ちて、テーブルの上を転がっていく。有り得ないはずの光景を目にして、千沙は他にどうすればいいのか判らなかったのだ。だからただ、驚いていた。