あづさ弓
 男はすべてを悟った。女はもう待ってはいなかったのだ。
 『あづさ弓 ま弓槻弓 年を経て わがせしがごと うるわしみせよ』
 長年私があなたを愛したように、あなたは新しい夫を親しみ愛すのですよ。
 これは男のプライドだった。男は身を引くことを美徳とした。受け取った女は、男との思い出が愛しくて、これが別れと思うと自分の愚かさが許せなかった。男がもう帰ってしまおうとするので、慌てて
 『あづさ弓 引けど引かねど 昔より 心は君に 寄りにしものを』
 あなたの心がどうであろうと、昔から私はあなたをお慕いしておりましたのに。
と詠んだけれど、男は帰ってしまった。男もまた辛かったのだ。優しい思い出が詰まった家も、今はただ男を苦しめるばかりだった。
 
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