弓を張る月
 余りに唐突な質問に秀一郎は少々面喰ってしまった。読んでいた『民俗学研究』5月号から、顔を上げるとポカンとした表情を絵梨子に向ける。その二人の様子を見ていた神田も「そりゃそうだ」と言わんばかりにプッと吹き出してしまった。
「え、な、何でって言われても……」
「だって、アンタ、滅多に人と関わろうとしないじゃん。このゼミに参加してる人とだって、ほとんど挨拶交わすくらいの付き合いでしょ?」
「う、う~ん……」
「アタシとの付き合いだって、基本的にアタシから喋りかけなきゃ、アンタは喋りもしないでしょ?」
「そうかなぁ……?」
「そうなのよ! ですよね、神田さん?」
「へっ?!」
 二人の遣り取りを面白可笑しく眺めていた神田は、絵梨子が突然、自分の同意を求めてきたので驚いてしまった。しかし次の瞬間、彼女の頭脳は、「絵梨子の尻馬に乗っかって、秀一郎を問い質すのは面白い!」との判断を決めた。咥えていた煙草を、灰皿で慌てて揉み消すと、神田は秀一郎に興味の照準を定めた。
「確かに、南クンが親しげに話をしてるのって、絵梨ちゃんか北神クンぐらいよね。絵梨ちゃんは同じ一年同士だから、一緒になる機会も多いし解るけど、北神クンは三年よね。このゼミ以外では、ほとんど接点が無いんじゃない?」
「か、神田さんまで、どうしたんですか? 別に大した理由なんかありませんよ」
「じゃあ、何でアンタと北神さんが、あんなに親しいのよ。理由を聞かせて貰おうか! 理由を!」
 完全に刑事きどりの絵梨子は机を叩かんばかりの勢いで秀一郎を問い詰める。神田も面白がって詰め寄る。全く持って秀一郎にとってはイイ迷惑であった。
「さあ! さあ、さあ、さあ!」
 二人の声が完全に重なり合って、奇妙なハーモニーを奏でる。
「いや、ホントに大した理由なんか無いんですよ。だって、刹那とは元々知り合いだったんですから……」
「んんっ?」
 秀一郎に詰め寄っていた二人は、揃って妙な返事をしてしまった。
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