弓を張る月

　「非常民」とは、貴族や武士などの上層の人々や、庶民、あるいは大衆と呼ばれる一般階層の人々とは異なる、時に下層とも称されたある種の職業人達を指す民俗学用語である。
　しかしながら今回の場合、秀一郎は、特に性風俗に携わる事柄を指す狭義の意味合いで使用しているコトが絵梨子にも理解出来た。
　ところが、絵梨子はオロオロの秀一郎が面白くて、ついつい悪戯心が顔を出すと、意地悪にも聞き取れなかったフリをして、更に秀一郎を追い込んでみたのだった。
　勿論、当の秀一郎はそんな絵梨子の企みなど見抜ける筈も無く、どう、この場を誤魔化そうかと、ＩＱ２００の頭脳をフル回転させていた。だが、秀一郎の頭脳はそういった方面にチカラを発揮出来る作りでは無かった。
「じゃあ、具体的にどういった研究なのよ！」
　込み上げてくる笑いを必死に堪えながらも、詰問する様に秀一郎を追い込む、ちょっぴり悪戯の過ぎる絵梨子。だが、このちょっと過ぎた悪戯が不味かった。
　逆ギレ？！　開き直り？！　突然、秀一郎は彼の中のレッドゾーンを踏み越えてしまった。
「エロゲだよ、エロゲ！　エ・ロ・ゲー！　川村研究員、ご存知かね、エロゲを！　よし、では説明しよう。エロゲとは、主にMicrosoft Windowsをプラットフォームとするパソコン向けソフトとしてリリースされているマンガ・アニメ調の平面的な2DCGによる静止画像の育成シミュレーションゲーム・シミュレーションRPG・アクションゲーム・RPGと言った、アドベンチャーゲーム・ビジュアルノベルのコトであり、当然、コレらの商品は性的表現があるために18歳未満の者の購入が禁じられ、成人向けに販売されているシロモノだ！」
「………？！」
　突然、成人向けアダルトゲームについて、今まで見た事も無いような熱苦しさで語られ始めては、さしもの絵梨子もポカンと口を空けたまま、その講釈を聞き入れるしかなかった。
「当然、エロゲだけではない！　電脳性風俗の王様・アダルトビデオも、その研究対象にあ～る！　川村研究員、ご存知かね、アダルトビデオを！　エロビだよ、エロビ！　エ・ロ・ビ……ぐあっ」
　秀一郎の暴走を止めたのは、彼の腹部に深く打ち込まれた絵梨子の戦慄のボディ･ブローであった。