君がいないと落ち着かない

人が少ない一角に進むと一番前に出られ、彼らを間近に見ることが出来た。
マイクスタンドの前に立つ男が後ろを向いてメンバーと目を合わせたと思ってすぐ、また前を見て囲む人達を見つめた。
男が手を挙げるとそれが合図なのかドラムがスティックを6回ほど叩いたあと、周りのベースやギター、もちろん帽子を被った男も弾き始めた。
音の重なりが厚くなりボーカルが歌い始めた。
気持ちを伝えようかと迷う切ない恋を綴った歌詞だった。

駅中に切ない声が響いた。
彼らを囲む人全てが動かずにいた。
次第に音が消え、帽子の男が口を開いた。
《ありがとうございました。》
周りを囲んでいた人達が彼の言葉の後少しの間を空けてから皆自分達の家路を急いだ。
忍が辺りを見回すと、もう後ろにいたサラリーマンや大学生はいなかった。
目の前の男達もアンプからシールドを抜いたり、スタンドを畳んだりと彼らもまたこの場を去る片付けをしていた。


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