君がいないと落ち着かない

ベースを下げた1人の男が人混みがバラけて跡形もなくなっても1人、忍が自分らを眺めていることに気が付き、帽子を被ったボーカルの男に近づいて何か話掛けている。
恥ずかしくて視線を下ろす。
チクチクと彼らの視線を感じる気がした。
視線から逃げるため、立ち去ろうと顔を上げた瞬間に、ボーカルの男の帽子の下に光る瞳に捕まった。
隣にいたベースの男もこちらを見ていた。
反射的にボーカルの男から逸らした忍と目が合うと、忍に視線を送り続ける帽子の男を見ながら肘で彼の腕を突いて笑い掛けた後、離れて片付けを再開した。
忍はその男の背中を眺めて思った。
高校生か大学生だろうか。
ボーカルの男に向けたあの笑顔にはまだ無邪気さを感じる。
あの笑みは世の中の現実を知った社会人の表情では無かった。
見定めるような視線を向けてくる帽子の男を見ると、肩が弱く揺れた。
背は忍よりほんの少しだけ高いわりに、細身で中学3年の時に同じクラスだった男子を思わせた。


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