君がいないと落ち着かない

あの時が忘れられず、5時間目の授業中にお弁当の満腹感に負けて、机に突っ伏して眠りの中に入っていく。

階段を下りる。明るさも階段のデザインも黄ばんだくすみ具合もあの時と似ていた。場面が変わる。まるで、早く彼女の姿が見たいみたいに。彼女が上ってくる。また下を向いて上がってくるのを、ただ見て、立ち止まって、避けて上がって行く。後ろに感じる若い人の気配は夏井だろう。ここまではあの時と一緒だった。けれど、踊り場で折り曲がって上がって行く時だけは現実とは違っていた。
笑うんだ。
顔はうつむいて下を向いているが、黒髪に縁取られ、白さが生える顔をこちらを向けて微笑みかけている。

「榎本~」
怒りを表わにした低い声が頭へ降ってきた。ワイシャツの縫い目やシワの跡が付いてる違和感を感じながら顔を上げる。小麦色の肌に年齢を感じさせる細かい皺、薄い唇は堅く結び付けているせいか、輪郭が引き締まって見えた。


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