君がいないと落ち着かない

千尋は部室のドアの前で松浦を眺めていた。彼の声が止み、視線を脇に置かれた本に向けた。淡く濁った赤いカバーにアルファベットの文字で白く綴られている。
「どんな話?」
松浦はバッシュの紐に向けていた視線を上げ、千尋を見上げるように目を合わせた。
「ファンタジーだよ。普通の男の子が村や世界を救うって話」
「へぇ~、でも本当に本が面白くて借りたのか?」
「はぁ?」
口角がクッと上がって意地悪そうな笑みをしている自分が想像出来た。眉をひそめる松浦は俺をじっと見つめてくる。
「その女子が好きとか?」
「…」
「だから本をきっかけに仲良くなろうと思ったりして~」
ふざけるように言った後、
松浦の視線から逃げるように自分のロッカーに向かって足を進めた。松浦の前を通り過ぎると「それはないな」と首を振りながら彼は言った。「何で~」とすかさず問いただす。
「あの子は恋愛なんかに興味なさそうだし。まず、俺がそうだもん」


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