ムサシ・ひとり
元服の前年、道場内における門弟同士の試合が行われた。
一度たりと負けたことのない相手と対した小次郎だったが、思いも寄らぬ不覚を取ってしまった。

「まだまだ! まだまだ!」
声を張り上げて臨む小次郎に対し、「それまで!」と、師範の声がかかった。

「慢心じゃ、小次郎! 毎日の鍛錬を怠ったが故のこと。幾度手合わせをしても、もう勝てぬ。未熟者めが!」

師よりの厳しい叱責を聞き及んだ父親によって、ひと月の間、道場内に軟禁された。
朝昼の鍛錬の後も、一人小次郎だけが厳しい修練を課せられた。

太平の世に移りつつある昨今において、「勝てば良し!」とする剣技ではなく、
美しく流れるような剣捌きが求められた。
剣術にも、美しさと物語り性が求められていた。

小次郎の必死の修練は五年の間続き、遂には小次郎の剣捌きの速さに付いてこれる者は誰一人居なくなった。
その時、師をも凌駕する天才剣士佐々木小次郎が誕生した。
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