ムサシ・ひとり
時折前髪を揺らす風を、小次郎は心地よく受け止めていた。
苛立っていた気持ちも、少しずつ穏やかさを取り戻した。
ギラギラと輝く太陽の下、海は凪いでいた。
未だ見えぬ小舟が、ムサシが、遠い異国での話のようにも感じられる。
これから始まる死闘が、まるで他人事のように感じられた。
焦点の合わぬ小次郎の目に、死の床に伏せった恩師鐘巻自斎が浮かび上がった。
師である自斎を、門弟の前で完膚なきまでに倒した小次郎だった。
それが因で床に伏した自斎、ひと月を経た後に
「お前は、お前を作り上げたものによって滅ぼされるのだ」と、言葉を遺して息絶えた。
「ふっ…笑止な! この後私は、天上天下一の剣神になるのだ」
誰に言うでもなく、口からこぼれた。
「 ムサシが来たぞー!」
どっとざわめく武士達が、「オォーッ!」と、歓声をあげた。
小次郎は、その声を聞くや否や、弾かれたように立ち上がった。
太陽を背にしたムサシの姿は、頑強だった。誰からともなく、声が飛んだ。
「 鬼神だー!」
小次郎は、舟から砂地に飛び降りたムサシに向かって、叫んだ。
「待ちかねたぞ、ムサシ! 吾は、小倉藩剣術指南役、巌流佐々木小次郎なり! ムサシ殿…」
「いざいざ、いざあー!」
小次郎の声を遮って、ムサシの声が浜辺一帯に響いた。
およそ人の声とは思えぬ野太い声に、一瞬間小次郎はたじろいだ。
名乗り口上途中においての罵声、思いもかけぬことだった。
互いに名乗り合い、剣を構え、そして「始め!」の声でもって試合が始まる。
小次郎の仕儀は、様式に則るものだった。
そんな小次郎をせせら笑うかの如くに、小舟から飛び降りたムサシ、櫂を削って作った木刀を振りかざした。
波打ち際を走り始めたムサシ、手に持つ櫂をブンブン振り回しながら間合いを計らせない。
宍戸梅軒との闘いにて会得した戦法だった。
苛立っていた気持ちも、少しずつ穏やかさを取り戻した。
ギラギラと輝く太陽の下、海は凪いでいた。
未だ見えぬ小舟が、ムサシが、遠い異国での話のようにも感じられる。
これから始まる死闘が、まるで他人事のように感じられた。
焦点の合わぬ小次郎の目に、死の床に伏せった恩師鐘巻自斎が浮かび上がった。
師である自斎を、門弟の前で完膚なきまでに倒した小次郎だった。
それが因で床に伏した自斎、ひと月を経た後に
「お前は、お前を作り上げたものによって滅ぼされるのだ」と、言葉を遺して息絶えた。
「ふっ…笑止な! この後私は、天上天下一の剣神になるのだ」
誰に言うでもなく、口からこぼれた。
「 ムサシが来たぞー!」
どっとざわめく武士達が、「オォーッ!」と、歓声をあげた。
小次郎は、その声を聞くや否や、弾かれたように立ち上がった。
太陽を背にしたムサシの姿は、頑強だった。誰からともなく、声が飛んだ。
「 鬼神だー!」
小次郎は、舟から砂地に飛び降りたムサシに向かって、叫んだ。
「待ちかねたぞ、ムサシ! 吾は、小倉藩剣術指南役、巌流佐々木小次郎なり! ムサシ殿…」
「いざいざ、いざあー!」
小次郎の声を遮って、ムサシの声が浜辺一帯に響いた。
およそ人の声とは思えぬ野太い声に、一瞬間小次郎はたじろいだ。
名乗り口上途中においての罵声、思いもかけぬことだった。
互いに名乗り合い、剣を構え、そして「始め!」の声でもって試合が始まる。
小次郎の仕儀は、様式に則るものだった。
そんな小次郎をせせら笑うかの如くに、小舟から飛び降りたムサシ、櫂を削って作った木刀を振りかざした。
波打ち際を走り始めたムサシ、手に持つ櫂をブンブン振り回しながら間合いを計らせない。
宍戸梅軒との闘いにて会得した戦法だった。