ムサシ・ひとり
「敗れたり! 小次郎。何ゆえに、納めるべき鞘を投げ捨てる。勝負を捨てたか!」

突然の、思いもかけぬムサシの言葉に、激しく小次郎は動揺した。
荒ぶるムサシの言葉に、翻弄された。

三尺にも及ぶ長剣の鞘、邪魔になりこそすれ、利はない。
否、打ち捨てても何の問題もない。

しかし様式美にこだわりを持つ小次郎の心底に響いた。

思えば、道場での立ち会いは、礼に始まり礼に終わる。御前試合もまた、然り。
御城内での試合に首を縦に振らなかったムサシ、まさに老練なり!

喉のひりつきが、一瞬間小次郎の足をもつれさせた。
と、ムサシの体が、一瞬間小次郎の視界から消えた。

「敗れたりー、小次郎!」
再び放たれたムサシの言葉に、小次郎は金縛りにあった。

小次郎の天分の象徴とも言うべき長剣は、忌まわしいムサシのひと言で、秘剣燕返しを失った。
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