ムサシ・ひとり
そして小次郎の目に映ったものは、ムサシではなく数百数千の民衆と朱美、それらが一体となった巨像だった。
街の辻々で交わされているムサシ像だが、どこまでが真実の話なのか、実のところ誰も知らなかった。

「あのムサシってのは、人間じゃねえんだってよ。なんでも、唐天竺から追い出された、羅刹天だって話だ」

「とに角、すごいの何の。吉岡兄弟といい、今度の又七郎坊ちゃんといい、まるで阿修羅だそうだ。
二本の刀を自由自在に振り回して、バッタバッタと切りまくったそうな」

「それにしても、ムゴイじゃないか。まだ年端もいかない子どもまでもねえ」
目をぎょろつかせた男たちが噂をし、幼子を抱いた女が涙を流す。

「そういや、あのムサシってお方は、米の飯は喰わずに、鳥や獣を喰うそうじゃねえか。
草や木の根っこもかじっているそうな。まったく、恐ろしいこった」

「とに角、大男だってさ。眉毛が赤くって、目は青いそうだよ。
鼻なんか上唇にくっつくかってことらしいしね。

そんでもって口も、仁王様みたいに大っきいと言うじゃないか。
店に来たお侍が言ってた。あぁ、恐ろしや、恐ろしや」

飯屋の主人と女の話に、集まった者たちが頷き合う。

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