ムサシ・ひとり
伊賀の国にて
伊賀の国にて。

ムサシと宍戸梅軒が対峙している。
ムサシの刀に、鎖が絡みついている。勝ち誇った表情の梅軒に対し、ムサシは能面のように無表情だ。

皆が皆、絡まった鎖に動揺し、梅軒の揺さぶりに態勢もままならない。
勝ち誇った顔の梅軒の手にある鎌が、不気味に光っている。

鎖を外さねば斬りつけることもままならぬ。
刀を寝かせて抜こうとすると、ぶんぶんと鎖を回して更に刀に絡ませる。

ぐいぐいと手繰り寄せる梅軒に、踏みとどまろうと力を入れると、ふっと梅軒が緩めてくる。
もんどり返る体をこらえると、梅軒の鎌が眼前に迫ってくる。

こうなっては「参った! 拙者の負けだ!」と、敗北を認めざるを得ない。

しかしムサシはまるで動じない。
梅軒の手には鎌がある。ムサシに近付いたところで、いつものように鎌を払えば良い。

ムサシの腕なり体なりに傷を付ければ、それで勝負は決するのだ。
気を取り直してじりじりと近付いていく。しかしそれでもムサシの表情は変わらない。

いや、薄ら笑いさえ浮かべている。 
刀に絡めた鎖を、ムサシにグイと引っ張られた梅軒が大きくよろめいた。
梅軒には、これ程に力の強い者との戦いの経験がない。

二人の間合いが二間となった時、突然にムサシが梅軒に刀を投げつけた。

「武士の魂である刀を投げ捨てるとは……」 
梅軒の呻き声が言い終わらぬ内に、ムサシの素手が梅軒の喉に食い込んだ。

思いも寄らぬムサシの動きに、何の対処もできぬ梅軒だった。
鎌を奪い取ったムサシは、一気に喉を掻き切った。

ドクドクと溢れ出る鮮血が、乾いた大地に吸い込まれた。
横たわる梅軒から懐中物を取り出したムサシは梅軒の往生を願うように、片手でもって
「死にゆく者に不要な銭、生きる者が頂こう。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経…」と骸に念じた。
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