さかのぼりクリスマス
クリスマスだから、映画を観に行こうって約束していた。つき合って3ヶ月カップルの、わたしたち。
でも急に、高遠くんに野球部の練習が入って。ギリギリ最終のやつならってことで、教室で待っていたけど、でも、もう間に合わない。
焦るのを通りこして、ぽっかり空いた時間。
かわき始めた汗のにおいと、寒い冬のかおりが混じって、とても不思議な気分になる。
不思議だ。だれもいない教室も、いつもよりひびくお互いの声も。
ギィッと、イスが鳴る音。
身を乗り出してきた高遠くんが、わたしの両手をとって、「冷たい」と言った。
ずいぶん大きな手のひらが、つめの先まで、わたしをすっぽりと包み込む。
「…わ、ぽっかぽか。カイロみたい」
「だろ。任せろ」
「ふふ、任せろってなに」
「体温には自信ある」
それは、たくましいな。わたしは冷え性だから、こんなに末端まで、血がめぐらないから。
靴下3枚重ねくらいしないと、冬はつま先がキーンとなってしかたない。
上靴の中で足指を曲げ伸ばししながら、わたしは言った。
「…人が少なくなっていくグラウンドって、わたし、はじめて見たな」
高遠くんを待つあいだ、宿題の片手間、窓から見下ろしたグラウンド。
どれが高遠くんだろうって。あれかな。ちがうかなぁって。
そんなことを考えているうちに、部活は終わりに近づいて、たくさん飛び交っていたかけ声がやんで、人の気配が、ゆっくりとなくなっていって。