君と歩いていく道

「アップライトなんて、久しぶり。」

子供たちも今だけは遠ざけられ、周りは驚くほど静かだった。
真崎は手を鳴らしてから、ゆっくりと鍵盤に手を置く。


置いても、指は動かない。


「・・・あれ?」


自分でも不思議に思ったのか、真崎は何度も何度も動かそうとする。

それでも彼女の手は動かない。
静かにいきさつを見守る紺野と大月も、やはりという思いだった。

真崎は心的外傷ストレスから、ずっと鍵盤に触れることを避けてきていたのに、今突然弾けるようになるわけはない。
恐らく、紺野の言葉で早く退院したいと思うようになり、錯覚しているのだろう。


「玲、無理はするな。」

「大丈夫。弾けるよ。」


言葉と表情とは裏腹に、彼女の手は震えてしまって動かない。


「真崎さん、しばらくここにいてください。貸し切りにしてありますから。」

「はい。」

「紺野君は僕についてきて下さい。退院のことで、少しお話があります。」

「わかった。玲、ちゃんとここにいるように。」

「うん。」


二人は真崎を残して出て行った。
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