君と歩いていく道
退院のことを話すのだと言っていたので、もうすぐ退院なのかもしれないと思えば心は軽い。


だが、何故鍵盤に触れることが出来ないのだろう。


真崎はそれが分からずに、一人で考えることにした。
彼女の記憶も精神も不安定で、入院した理由さえも、だんだんとあいまいになり始めていた。

人間の心というものは、本当に不思議だ。
心が壊れそうになる出来事のことを、本能的に忘れようとしてしまうのだから。


大月は紺野と近くの個室に入り、今後のことを話し始めた。

真崎の退院のこと。カウンセリングのこと。
今の彼女にカウンセリングの必要はなく、ただピアノから遠ざけるか、楽団を抜けさせた方がいいと説明する。

紺野は黙って聞いていたが、最後まで聞いてから頷いた。


「退院してからが大切です。マスコミの手が届かないところ・・・貴方がアメリカにつれて行くと言うなら、その方がいいかもしれません。」


これ以上の入院は意味がないだろう。
マスコミや楽団、そして彼女をピアノで縛る全てから遠ざけられるなら。

大月は大月なりに色々と調べ、楽団関係者にも話を聞いた。
真崎が自分の音をもう一度見つけるまでは、ピアノは遊びぐらいに留めておかなければいけないと、大月は医師として忠告する。


「水瀬さんも協力は惜しまないと言ってくれています。」

「水瀬が。」

「ええ。」


昔水瀬が真崎と鏑木を引き合わせ、コンクールの援助までしたのは、余談だが。


「ですから、隠すなら今ということです。」

「分かった。」


紺野は窓の外に止まっていた水瀬の車を思い出し、重く頷いた。


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