君と歩いていく道
驚くことに、真崎の選んだ曲は月光第二楽章。

月光だが、この楽章は昼に聴いても確かに悪くはない。
しかし、彼女の選曲にしては大人し過ぎる気もする。

手首が硬いと認める真崎の弱点は、ピアニシモがうまく弾けないことだ。
柔らかい音を出すのが苦手で、優しい曲調の音楽も苦手。
最も得意とするのはベートーヴェンの悲愴第三楽章。
何より、好きなのだと話していた。

真崎の解釈は悲しいものが多かったし、コンサートでの選曲も偏っていることが多かった。
それでも昼間のカフェで聞かせる曲をと選んだのだろう。評判は上々で、二曲目に入る。

二曲目は、リストのラ・カンパネッラ。
やはり得意分野のト短調は素晴らしく、聴いているものをどんどん引き込んでいく。この様子だと、コンサート復帰は早いかもしれないと、水瀬は内心感じていた。

彼女の弾く曲は何故かいつも悲しい気持ちにさせる。
苦手なショパンの別れの曲など、何かを静かに失ったような気持ちにさせて、涙を流す者は少なくないと、以前音楽雑誌にも書かれていた。

小さなカフェに集まった客は立ちあがって拍手をして、マスターも驚いたように真崎を迎え入れている。
いつの間にかできた人ごみの中にも紺野の姿をしっかりと認め、真崎は大きく手を振る。
それを見届けたのち、四人はそれぞれの場所へと戻っていった。


< 59 / 99 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop