君と歩いていく道
真崎は自分の家族について何も語らない。

評判や彼女への批評は見ている紺野なので、仲があまり良くないのかも知れないとは気づいているが、本人の口から聞いたわけではないので、聞くのもはばかられる。話したくないことなのだろう。

それでもいつかは挨拶に行かなければいけない相手だと思っているので、折を見て聞いてもいいとも思う。
それを、真崎は気づいていないが。

今はまだその時ではないような気がしている。
真崎が本当の意味で自分の音を取り戻して、コンサートに出演出来るぐらいまで回復してからだと思っているのだ。
退院して以来とても順調に回復・安定してきた彼女だが、それは彼らが徹底的に楽団から遠ざけ、自分の音を取り戻すまでじっくりと向き合わせてやったからである。

真崎本人もそれを充分分かっていたし、今はもうあの日前後の記憶もほとんど取り戻している。


「玲、少し弾いてくれないか?」


彼女の弾くベートーヴェンが、紺野はとても好きだ。
自分だけのために弾いてくれるというだけで、特別なものにも思える。

防音なので夜でも近所迷惑になることはない。
だから真崎に断る理由など無く、いいよと笑って二人は防音室に向かった。

こうやって紺野が弾いて欲しいというのは、真崎にとって嬉しいことだ。
彼は嫌いなものをわざわざ聞きたいと思うような人間ではないし、必要としてくれていると感じることはとても幸せだ。
たとえ他の誰も望まなくても、紺野一人が望んでくれればそれで良いとさえ思える。
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