君と歩いていく道
指をポキポキと鳴らしながら、真崎は練習曲を一通り弾いていく。
彼女はピアノを弾く前に、ほとんど毎回練習曲を弾く。コンクールなどではなかなか思うようにそれが出来ないが、コンサートの前は、直前まで練習曲を弾いていることもある。
一種の儀式のようなものなのかもしれない。
何故だか弾かなければ気が済まないというか、指が思うように動かないような気がするのだ。


「ね、何が良い？」


練習曲を終えた真崎が、そばのソファーに座っている紺野を振り向いて聞いた。


「そうだな。お前の悲愴が聞きたい。」

「うん！」


嬉しそうにピアノに向きなおった真崎の背を、紺野は心なしか微笑んで見つめている。
やがて紡がれた真崎の音は、楽しそうに曲を選んでいた先ほどとは打って変わって、とても悲しい激情を表現していた。

第一楽章から、全力で。

弾いている時は、誰も彼女の邪魔をすることはできない。
自分のピアノの音以外何も聞こえないし、鍵盤さえもほとんど見えていないのだと言う。

そんな真崎を間近で見ていることが、紺野にとっては一番の幸せだった。



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