君と歩いていく道
夜になり、皆が帰った後。
真崎は一人防音室のピアノの前に座り、感情をぶつけるように、一心不乱に弾いていた。

こんな時は、音が荒れる。

だがこれは真崎なりの感情表現で、小さな頃からずっと、何か強いストレスを感じた時はこうしてきた。
ストレス解消とまではいかなくても、少しは気持ちが落ち着けるから。

強弱もテンポも関係ない。
ただ、自分の思うままに。

ベートーベンの悲壮。
シューベルトの魔王。
サン・サーンスの死の舞踏。

穏やかな曲調は気分的に弾けないので、悲壮の第二楽章は飛ばした。

力を加減せずに弾き続けたら、だんだんと指の力が抜けてきた。
休みも入れないので、腕も突っ張ってくる。
舞台に立っていた時には、ほとんど無かった。
それだけ体力も筋力もあったし、休みもきちんと入れていた。
一曲数分~数十分ある曲だって、加減して弾けばそこまでにならない。

しかし、今は腕が上がらなくなってもいい。手が動かなくなってもいい。
とにかく感情をぶつけたい。

ようやく止まった手。
指は震え、今日はもう弾けないぐらいに、力がうまく入らない。

そんな自分を笑うように、もう一度鍵盤に手を置く。
弾き始めようとした時。
後ろから優しく、大きな手が、鍵盤の上で重なった。

確認しなくても、誰かなんてすぐに分かる。

「もう、いいだろう。」

聞いている方が辛くなるような、真崎の激情。
紺野は座る真崎の背中から強く抱きしめた。

「何があったのか、俺には分からない。だが、これ以上自分を虐めるようなピアノは、やめてくれ。」

ピクリと、真崎の肩が反応する。
抱き締める紺野の腕に手を添えようとしても、うまくいかなかった。

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