君と歩いていく道

「玲を放してください。」

「あら、信吾さんまでいらしたのね。」

外ではベンツが横付けされて、水瀬の後ろには顔見知りの執事が控えている。
水瀬はよほど急いで来たのか、質のいいスーツを着こなしていたはずだろうに、少しネクタイが乱れていた。
大きく成長した古くからの友人の息子に、一瞬だけ懐かしむような表情をしたが、すぐにそれは引き締まったものに戻ってしまう。

水瀬を半ば無視して、真崎の母は強引に真崎をベンツに乗せ、ドアを閉めてしまう。
抵抗する気力さえも無い真崎は、車に乗せられたままピクリとも動かない。

「玲は紺野といるべきです。」

「貴方までそう言うのね。でも、これは決定事項です。信吾さんにならお分かりになるでしょう?真崎家の事情なのです。」

「ですが!」

娘の意思を無視して押し通すことの、何が事情か。

確かに家に逆らえないことはあるにせよ、こんな暴力的な連れ去りかたは間違っている。
真崎が一番辛いときに世話になった相手なのだから、もっと話し合って、きちんとしたかたちで去るのが礼儀のはずだ。

そう口にした水瀬の抵抗も虚しく、真崎の母もベンツに乗り込んでしまった。


「ごきげんよう。」


窓も開けず、声だけが小さく耳に届く。
走り去ったリムジンに、舌打ちをしたい気分だった。

密かに身辺を警護させていた者から、真崎の母らしき人物が訪れたとすぐに情報を受け、仕事を抜けて駆けつけたのに、何もかもが遅かったようだ。

水瀬は家の中にいるであろう紺野に話を聞くために、執事を待たせて中に入って行った。


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