君と歩いていく道

呪縛

ぼんやりとした意識の中で、真崎は押谷を見たような気がした。

それが夢なのか現実なのか区別はつけられなかったが、とても悲しそうな顔をしていたように思う。
彼とはもうずっと前に別れていたし、夢にさえ出てこない。
今頃になって彼は何をしているのだろうと、疑問だけが生まれてすぐ消えた。

押谷と付き合っていたのは、きっとお互いの気まぐれからだ。
寂しさが紛れるだろうと思って、一緒にいただけだと思っている。
押谷の本心を聞くことも、愛を求めるような言葉も、言ったことはないドライな関係。
彼が本気だったとも思ってはいなかったし、自分が本気だったとも言えなかった。


ただ、さびしかった。


独りでいても、押谷といても、寂しさは紛れることはなかった。
どれだけ体を重ねても、嘘吐きが愛を囁いても、紛れるどころか増殖していくばかり。

寂しいのだと叫ぶ力もなくなって、ただピアノに逃げた毎日。
張りつめた糸が切れるように全てがどうでも良くなった。

ただ、ピアノを弾ければそれで良い。

自分の音が誰かに認められて、それを聞いてくれるなら幸せだと思った。
そう思ったからこそ、交響楽団の誘いを受けたのだ。

長年彼女を指導して育ててきた鏑木は良い顔をしなかったが、それも勉強かもしれないと送り出してくれた。世間も、自分の音を認めてくれた。

今まで誰も、規定外の音楽を認めてはくれなかったから、嬉しかったことをはっきりと思い出すことができる。
< 9 / 99 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop