君と歩いていく道
自然と口元がほころぶ。
母親の顔は見たくなかったから見なかったが、どうせ怒っているに違いない。
玲は両親の感情を読み取るのだけは、幼い頃から得意だ。
殴られるかもしれないが、それでもいい。
それで、解放してもらえるなら。

しかし、そうはいかなかった。

ぱさり。
うつむいてテーブルしか見えていない玲の目の前に、書類が入りそうな茶色の色気のない封筒が置かれる。

「開けて読みなさい。疲れていようが、それぐらいは出来るでしょう。」

出来ないとは言わせてもらえないらしい。
仕方なく封筒を手にとって、封のしていない口を開ける。
中には予定をプリントした紙が1枚。

「貴女の来月の予定です。」

「来月?」

「そうです。いい加減外に出て、仕事なさい。」

ピアノを弾けないのに仕事の予定とは、頓珍漢な事を言うものだ。
内心笑いながらその紙を読む。

「無理でしょう。私はしゃべるのが下手ですし。」

週刊誌の取材に、音楽誌のコラム。
それからバラエティー番組の出演。
ピアノを弾く必要の無い仕事ではあったが、面白い文章もコメントも、玲には向いていない。

「お断りしてください。」

「あなたごときが、仕事を選べると思っているの?」

顔は、上げられなかった。


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