君と歩いていく道
朝。
ルームサービスとともに、母親が部屋を訪ねてきた。
眼の下に隈をくっきり描いた真崎にはもう話す気力もなかったが、母親は一人でしゃべっていく。

「では、日本へ帰りますよ。」

真崎は何も答えない。
返事が無いのは口応えしないということと同意義になり、彼女は黙って母親の後を付いて行くしかなかった。
何もかも色彩を欠いて、通り過ぎて行く。
紺野といた時間さえも遠い昔になっていくのかと思うと、話し声さえも全て音になっていった。
音の羅列は真崎を不快にさせることはないし、心動かされることもない。

『彼がスポンサーを失ってもいいのですね?』

意地悪く優しく囁かれた母の言葉が頭を過ぎり、真崎は思い出さないように頭を振った。

旧家の令嬢であった彼女は、財界人にも顔が広い。紺野のスポンサー契約を解除するなど、容易いことだろう。
世界ランキングも上がってきて、国内外でも名前が知れ、CMにも出ているところを、スポンサー契約を解除されれば、テニスを続けるのは難しくなる。
夢だけでは、実力だけでは、生活が出来ない。

寝不足の頭は振っただけで目眩を催したが、倒れられるなら倒れたい気分だ。
寝ている間に、日本へ連れ帰ってくれた方がありがたい。
ホテルのロビーを出て、車に乗せられて。
なすがままになっているのは悔しかったが、テニスを失った紺野は見たくない。
だったら自分が身を引けば済むことなのだ。

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