人魚姫と海の涙
ぞく、と背筋に悪寒が走った。


でも、その剣を使ってくれるなら望みはある。


くるくると片手だけで剣を回し、私の首に当てる。


ひんやりとした刃がちょうど頸動脈にかかっている。


「ごめんな、殺る気はなかったけど俺に害なす可能性は見過ごせない」


すっと短剣を横に引く。


切れない。


痛くない。


むしろ私に向かうべきダメージは彼に向かう。


「痛ッ。はぁ?何、この剣。魔剣かよ」


さくっと呆気なく切れて血を滲ませる手首を押さえるために口から手が離れた。


「ええ、魔剣。【海の涙】。人魚姫の血を引くものしか使えない短剣」


「あっちゃあ。俺の目も鈍ったか。ごめんごめん、許せよ」


もう彼の目には冷たさはなくただただ面白そうな光が浮かぶだけ。


「じゃあ、約束をしましょう。あなたは海堂心音を殺さない。いい?」


「了解、殺さねえよ」


「ならよし。そういえば、あなたの名前は?」


出会って一時間ほど経っているのに聞いていなかった。


彼は少し困ったような素振りを見せ口を開く。


「俺は……、放浪の殺人鬼。ディフだ」
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