君には聴こえる
やがて年は明け、彼の歌を聴き始めてから一ヶ月が過ぎた。
この頃になると塾に通うことは苦痛ではなく、楽しみへと変わっていた。勉強よりも、彼の歌を聴くことができるという単純で不純な動機なのだけれど。
何よりも、彼のことが少しずつわかってくることが嬉しい。
彼が歌っているのは、週に二日から三日。いつも彼の傍に立てられたラックから拝借した手作りのチラシに、彼の名前が書いてあった。
彼は地元の人で大学生。しかも彼の通っている大学は、先生や親の勧める大学だったから驚いた。
私が必死になって勉強したのは当然の成り行き。合格することができたのは、もちろん彼のおかげ。
だけど、塾に通う必要がなくなったら、夜に出掛けることも彼の歌を聴く口実もなくなった。
急に寂しくなって、会いたい気持ちばかりがこみ上げる。手に入れたチラシを眺めては、彼の歌を思い出した。
まだ、彼は歌っているのかな……