君には聴こえる


すっかり日が落ちた空の下、若い男性は寒さを感じさせることもなく心地よさげに歌っている。立ったまま器用に鍵盤の上に指を滑らせて、柔らかな音色を紡ぎだす。


音色に添えられた歌声は軽やかで温かみを帯びていて、聴いている人たちの寒さまでも吹き飛ばしてしまいそう。


いつしか私も、彼らに紛れて歌に聴き入っていた。


時折頬を突き刺す冷たい風も、輪の中で歌を聴いているだけで忘れることが出来る。


そして胸の中に灯る小さな光と、とても懐かしい感覚。


歌い終えた男性が深く頭を下げる。
観衆と一緒に、私は拍手を送った。
僅かな時間だったけど、一曲の歌が満たしてくれたことに感謝をこめて。


「こんなに寒いのに、聴いてくださって、ありがとうございました」


男性は頭を上げて、満足そうに観衆を見回した。吐く白い息が、街灯に照らし出される。



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