君には聴こえる
つい足を止めて懐かしさに浸ってしまったけれど、この駅で下りたのは待ち合わせのため。衝動的でも、当てがなかったわけでもない。
携帯電話を確認しようとバッグの中に手を差し入れる。同時に、とんっと肩を叩かれた。
でも、驚いたりしない。
振り向いたら、想像した通りの穏やかな笑顔。待ち望んでいた愛しい彼の笑顔。
「もう少し聴いてく?」
彼は首を傾げながら、一枚の紙を手渡した。そこには今、噴水の前で歌っている男性の写真と名前。いつの間に、手に入れたんだろう。
「ううん、行こう」
歌っている男性を振り向いて、『ありがとう』と胸の中で呼び掛けた。
「いい声だね、また聴けるかな」
私の手を、するりと手繰り寄せる彼の手も冷たい。歌い終わるのを待っていたのかもしれない。
「うん、でもあなたの方が好き。話す声も歌ってる声も」
見上げると、彼の照れ臭そうな笑顔。冷え切った体が熱を持つ。