ティラミス
「滝沢君、君さ、練習しなくていいの?」
私の言葉に滝沢樹の目が大きく見開かれた。
滅多にない私から滝沢樹に話しかけるという状況に驚いているのか。
それとも、私が彼のことを知っていたことに驚いているのか。
「知ってたんですか?」
「そりゃあ、君の名前でネット検索したらたくさん出てきたし。」
「そもそもどうして俺の名前を検索したんですか。」
「滝沢君、テレビで特集組まれてたじゃん。」
一瞬、滝沢樹は何か言おうと口を開き、でも、そこから漏れてきたのは溜息だった。
「ビックリしたよ。今話題の世界的フルート奏者、滝沢樹って、同姓同名のそっくりさんかと。」
「……別に、世界的ではないですよ。たまたま音楽界の大御所に気に入られたんです。」
「でもオーストリアの音楽学校に行くんでしょ。ウィーンって音楽の本場だよね。」
破れた本を修理しながら私がそう言うと、滝沢樹は珍しく黙った。