幽とぴあらいふ

「出たな。安倍光希め、お前みたいなヤツを世間様はブラコンと呼ぶんだっ。
俺は正真正銘の坊主だから只の坊主頭じゃないんだよっ。
分かったかっ、分かったら離せよ。コノヤロウ」





「イテテッ。いってぇなーっ、やるか?
このブラコン野郎っ。」

「フン、相手になるぞ。糸目生臭さ坊主」

「ムッカーッ。糸目は関係ないだろーがっ、男は顔じゃねぇんだよっ。このメガネッ」

「ほほぅ、眼鏡は悪口なのか?
まぁ、生臭さ坊主を否定しない所は褒めてやる。」




臨戦態勢をとる2人の間にオロオロと割って入ろうとしていた悠希は、後ろから現れた人物に止められた。


「ハイハーイ。ここら辺で止めときやー、光希。
これ以上続けたらユウちゃんに嫌われんでー。なぁ?ユウちゃん」

「伊月さん…ありがとうございます」

「ええって、ええって。ユウちゃん困ってんのは、俺もいややし。ほら、早よ学校行くで光希。」


浄蓮は虚を突かれたのか、ポカンとした表情をしている中、伊月は不満げな光希の肩を組んで歩き始めた。


「ほななー、ユウちゃん。いってくるわー」

「はい。伊月さん、兄貴、いってらっしゃい。」


にっこりと笑って見送る悠希を見て、まだ何か言いたそうだった光希はぶ然として伊月の手を払い前を向いて歩き、伊月は返事を返す代わりに後ろ手を上げた。


「ごめんね?浄蓮。」

「え、は?何が?」


固まっていた浄蓮は、悠希の声に驚いて聞き返す。


「何って…その、兄貴が気を悪くさせたんじゃないかと…」

「あ、ああ。別に。お前のせいじゃないんだし、いつもの事だろ。」


言葉少なに「遅刻すっぞ」と、言うと浄蓮は、自分より少し背の低い悠希が横に並ぶと歩き始めた。


「しっかし…お前の周りって、変わってるヤツ多いよな。
って事は、俺も変わってるって事か?や、俺はまだまともな部類だろ…」


独り言のように話す浄蓮に、悠希は笑いをかみ殺す


「ああ、伊月さん?確かに変わってるよね。


「そうそう。加えてあの関西弁っての?アレ、慣れねぇわ。
兄貴は兄貴で…その…変わってるしさ」

「伊月さん。京都弁だって言い張って譲らないけどね。
兄貴は…弟の僕から見ても黙ってればイケメンだし、モテるのに彼女作らないんだよねー。彼女が出来れば、僕への過保護もマシになるのになー」



「どしたの?浄蓮」

「お前、女だったらよかったのにな…。残念だ」

「なぁーっ!?どーせっ、僕はイケメンの兄貴とは似てませんよーっだ。」


唇をとがらせて拗ねる悠希の顔を見て、浄蓮は光希が彼女を作らない理由はお前だ。と思ったが言葉にはしなかった。
辺りに同じ服装の人が増えるにつれて、学校が近くなっているのが分かる。


「……なに?」


視線を感じた方を見ると、まじまじと自分を見る浄蓮の視線とぶつかった。


「いや…学ランの兄貴とブレザーのお前みてたら、どうして別々の学校にしたのかなーってね。」


「…なんだそんなこと?
兄弟同じ学校入っちゃったら、比較されちゃうじゃないか。
それに、僕は兄貴が着てる学ランよりブレザーのがいいし。」


確かに悠希の地毛は栗色すぎて、濃紺の学ランには合わないかもしれない。


「兄貴といると霞むけど、伊月さんも僕に過保護だしね。
あの2人に塗り潰される僕のスクールライフを考えるとゾッとするね」


小学校と中学校だけで充分だ。と、悠希の苦虫を噛み潰した表情が、一番の理由を物語っていた。


「あー…。休み時間毎の光景が目に浮かぶ、友達出来なさそう…」

「でしょ!?」


げんなりとした浄蓮に、同意を求める悠希の必死な顔はじわじわと笑いをこみ上げさせた。


「……プフッ」

「なっ、なんだよーっ。僕は本気なんだぞー。ヒドいなーもーっ」


頬を膨らませて怒る悠希は、全然怖くなく、尚更笑いが増す。
笑い続ける浄蓮に呆れ笑いをしながら、2人は学校の校門へと歩みを進めるのだった。校門をくぐる瞬間、表情が強張って少し会釈する悠希に気付いた。


「真面目だねぇ。軍人さんもお前も…お前の特技は変わってらぁ」

「ふふっ」

「んあ?いるんだろ?前に言ってた軍人さんとやらが
って、何が可笑しいんだよ」

「怖がったり、遠ざけたりしないで特技だと言ってくれる浄蓮だって、やっぱり変わってる人だよ。」


人だった者が視える悠希には、校門に軍服を着た男の姿が視えていた。彼は、表情をかえる事無く不動。この学校の前身が軍の施設だった事を証明していた。
毎日前を通る悠希には、知らん顔はできる訳もなく。通るたびに周りに気づかれにくいように会釈をするのだった。


「変わってるって言われて嬉しいヤツはいねぇなぁ」

「そ?僕にとっては有り難いよ。ありがとう」


悠希は正面に回り込み、自分の数少ない理解者に対してペコリと頭を下げた。


「ふんっ。改まってお礼言われる事でもねぇよ。俺がそう思ったから、それでいいんだよ。
ほら、行くぞ」


向き合っていた悠希を置いて先を歩く浄蓮の後ろ姿を見て、悠希は早歩きで後を追いかけた。


「何、ニヤニヤしてんだよ」

「んー?べつにー。ふふっ」


浄蓮の後ろ姿を見て真っ赤に染まっていた耳を思い出すと、こみ上げる笑みを悠希は隠せなかった。
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