蜜恋ア・ラ・モード
そこには細身で小柄な女性が俯きがちに立っていて、私の顔を見るとペコリと頭を下げた。
「今日からお世話になります。高浜麻耶と申します」
よほど緊張しているのか小声で名を名乗る彼女の近くに寄ると、そっと肩に手を添える。その肩がほんの少しだけ震えているのに気づくと、さっきまでの自分を思い出してしまってクスッと笑い声をこぼしてしまった。
やっぱり皆、一緒なんだ……。
そうだよね。今日から始まる料理教室。私が初めてなら、生徒さんだって初めて。お互い緊張からドキドキするのは当たり前で。
でもいい意味で肩の力が抜け、幸先良いスタートが切れそうな、そんな予感がした。
しばらくして、肩に手を添えたまま何も言わない私に、高浜さんが顔を上げた。
「あ、あの私、なにか……」
「あっ…ううん、ごめんなさいね。高浜さんが緊張しているのを見て、あなたが来るまでの自分を思い出してしまって。大丈夫、緊張しているのは私も同じだから。さあ中に入って」
肩に添えていた手を背中に当てると、中へ入るようにそっとその背を押した。
キッチン兼リビングダイニング。料理教室としてリフォームした部屋に案内すると、高浜さんが「あっ」と小さく声を上げた。
その声に気づき高浜さんに視線を向けると、彼女の顔がパッと華やいだ。
「この部屋、とっても素敵ですね。ここでお料理を教えていただけるなんて……」
そう言いながら高浜さんは、部屋の中を見て回っている。
料理教室といえば白を基調とした清潔感があるイメージだけれど、私は木の素材をふんだんに取り入れた温もり溢れる教室にしたかった。だからアイランド型のキッチンスペースも食器棚も、特注で作ってもらったのだけど。
生徒さんたちはどう思うのか……。正直、不安がなかったわけじゃない。
でも今目の前で高浜さんの笑顔を見ていると、心がふわっと温かくなるのを感じた。