蜜恋ア・ラ・モード
「有沢さん!! 左手の指、伸ばしたままだと危険ですよ!!」
慌てて隣に移動すると、有沢さんの左手を取り顔を見る。
いきなり手を取られて驚いた有沢さんが、私に握られている手元に視線を落とす。
「あっ……!?」
私ったら、なに大事そうに手を握ってるの!?
急に恥ずかしくなって手を離し、有沢さんから少しだけ離れた。
「ごめんなさい。慌てちゃって、つい……」
俯き自分の手元を見ると、有沢さんが一歩近づく。
「いえ、それは気にしないでください。それより、すみませんでした。包丁持つことなんて、殆ど無くて」
「そうですよね。私がもっと早く気づくべきでした。じゃあもう一度、調理台の前に立ってもらえますか?」
有沢さんをそう促すと、自分もその横に立つ。
「調理台との間は握りこぶしひとつ分をあけ、身体が安定するように両足を肩幅ぐらいに開いて立って下さい」
そう言って有沢さんの前に握りこぶしを作ると、その幅になるように彼が近づく。
私の腕に有沢さんの身体が触れて、少しだけ心臓が跳ねた。その動揺が顔に現れたのを感じると、バレないように顔をそむける。
「小浦先生? どうかしましたか?」
私の顔を覗き込むように身体を屈めると、グッと距離が縮まった。
ちょ、ちょっとこの距離はマズイでしょっ!! 今顔を戻したら、目の真ん前に有沢さんの見目麗しい顔が……。
有沢さんにはなんでもない行動なのかもしれないけれど、ここ何年か男の人と接触する機会のなかった私には、ちょっとハードルが高いことで。
「あ、有沢さん。どうもしないので、ご心配なく……」
なんでもないふりをして、そう返すのが精一杯。有沢さんの身体をそっと押し上げると、その顔を見上げた。
やっぱり素敵。文句のつけようのない、綺麗な顔立ちだ。
ニコッと優しく微笑む瞳に、心を奪われそうになったその時───
「都子!!」
私の名を叫ぶ、大きな声が部屋に響いた。