蜜恋ア・ラ・モード


土鍋で炊いているきのこの炊き込みご飯は、強火で沸騰して五分、とろ火で十分炊いた後火を消して、今は蒸らしの時間だ。


「蒸らし始めたら蓋は絶対に開けないこと。赤子泣いても蓋取るな……って聞いたことあるでしょ?」

「おばあちゃんから聞いたことがあるような。でも、どんな意味なんですか?」

「蒸らしている時には、小さい子がお腹を空かせてご飯がほしいと言っても決して蓋を開けてはいけない。十分に蒸らしなさいって言ってるの。そこを我慢すると、美味しいご飯が炊けると言うわけ」


梅本さんの質問に答えると、みんな関心したようにメモを取り始めた。

炊き込みご飯を作るのは炊飯器のほうが簡単だけど、土鍋で炊いたのは正解だったみたい。

みんなの顔を見ていると、この後の試食がとても楽しみだ。

ひとりひとりの鍋の中を見て回れば、筑前煮の煮汁が煮詰まりいい感じに照りが出ていた。


「じゃあ筑前煮の火を止めて、仕上げに絹さやを彩り良く添えましょう」


丁寧な下準備をしたから、素材の色合いを活かした美味しそうな筑前煮が出来上がった。

その筑前煮を感慨深そうに見ている有沢さんの横に立つ。


「どうですか? 自分で初めて作った、筑前煮の出来栄えは?」

「なんか、言葉がないくらい感動してます」

「感動って。ちょっと大袈裟じゃありません?」

「いやいや、僕にとってはスゴいことですからね。食べるのがもったいない」


真面目な顔をしてそんなことを言うもんだから、思わず吹き出して笑ってしまった。


「有沢さん。もったいないなんて言わないで、彼女さんと一緒に食べて下さいね。試食は私が昨日作っておいたものを食べてもらいますから」


この言葉は嫌味でもなんでもなく、『彼女に作ってあげたいと思いまして』そう言っていた有沢さんにだから言った言葉だったのだけど。


「……彼女、とですか」


返ってきたのは、やはり嬉しいと感じるものではなくて。ツラそうな顔に見えてしまった私は、どうしてもその理由が聞きたくなってしまった。







< 39 / 166 >

この作品をシェア

pagetop