蜜恋ア・ラ・モード


『なんでそんな大事なことを、すぐに言わなかったんだ!!』

なんて言われることを覚悟していたのに、返ってきた言葉はあまりのも以外なもので。

『そうか、いろいろ大変だっただろう。何か手伝ってほしいことがあったら、遠慮なく言いなさい』

と、いつもと変わらない口調で父に言われ。

『私も都子のお料理教室に通おうかしら』

母もこれまたいつもの調子で言うもんだから、こっちは拍子抜けしてしまった。



「おっ今朝は豪勢だなぁ。何かあるのか?」

「お父さん、何言ってるんですか。今日は都子の引っ越しの日ですよ」

「そうか、今日だったか」

でも今ここでこうしてテーブルにつき父と母を見ていると、ふたりのちょっとした変化に気づいてしまう。

私に余計な心配をさせないように、いつもと変わらない父と母を装っているのだということを……。

箸を持った手が、動いてくれない。

まだひとくちも食べ物を口にしていないのに、胸がいっぱいになってしまっていた。

「都子、どうした?」

父の問いかけに今口を開けば、弱音を吐いてしまいそうだ。

もう少しだけ、お父さんとお母さんのそばにいたいって───

手をグッと力いっぱい握りしめる。

「都子、最後の晩餐でもないんだから、もっと肩の力抜いて」

母が私の手をそっと握りしめた。たったそれだけで、身体の力が抜けていく。

やっぱり母は偉大だ。到底、敵いっこない。

お父さん、お母さん。私頑張るから、応援しててね……。

心の中でそう語りかけると、俯いていた顔を上げた。

< 5 / 166 >

この作品をシェア

pagetop