蜜恋ア・ラ・モード
でも自分の気持ちを有沢さんに気づかれてはダメ。私と有沢さんはあくまでも講師と生徒であって、その関係は崩してはいけない。
無理やりそう自分に言い聞かせ、心を落ち着かせる。
小さく深呼吸すると、幾分手の震えが治まった。
平静を装い、いつもの笑顔で───
鍵を開け、ゆっくりとドアを開く。
午前中のやわらかな日差しを背中に浴び、いつも通りの大人スタイルで優しい笑顔の有沢さんが立っていて。
でもその両手には、彼には似つかわしくない汚れた木箱があった。
「おはようございます。こんな時間に、どうしたんですか?」
「そ、そうですよね。いきなりこんな時間に来てしまって、迷惑でしたよね。すみません、出直します」
有沢さんはクルッと踵を返すと、帰ろうと足を踏み出した。
すると私の身体は何を思ったのか、裸足のママ玄関から飛び出し有沢さんの腕を掴んでしまった。
「都子先生?」
驚いた顔をして振り返った有沢さんの顔を見て、自分のしていることに気づく。
何やってるの、私!!
裸足で飛び出した上に、有沢さんの腕を力いっぱいに掴んじゃって。そしてその手を『離なしたくない!!』なんて思っちゃったりして!!
この状態、どうしたらいいのよぉ。
それにしても有沢さんも有沢さんだ。私『どうしたんですか?』って聞いただけで、迷惑なんて一言も言ってないんですけど?
それを自分で解決しちゃって帰ろうとしちゃうなんて、有沢さんって結構天然だったりする?
有沢さんのちょっと意外な一面に、こらえきれず笑い声を上げてしまう。
その拍子に身体の力が抜けて、自然と有沢さんの腕から手が滑り落ちた。