蜜恋ア・ラ・モード

「都子さん、ありがとう。あまり明るい話じゃないけれど、最後まで聞いて欲しい」


有沢さんの言葉に、黙ったままコクンと頷く。



将来を誓いあった女性───

それは少なからず、私の心を動揺させていて。でもそれを悟られないように平常心を保つ。

彼女のために料理を習いに来たと言っていたくらいだから、何か特別な事情があるのだろうけれど……。

不安に震えそうになる手を、呼吸を整えることで抑える。


「彼女はね。一年半前、交通事故で亡くなったんだ。それも僕の目の前で」

「えっ……」


想像もしていなかったことに言葉を失う。

我慢していた手の震えは、もう抑えていることはできなくなってしまった。

小刻みに震える手を、今度は有沢さんが包み込む。


「ごめんね。でも、どうしても、都子さんには話さなきゃいけないことなんだ」

「は、はい。大丈夫。ちゃんと最後まで聞きます」


有沢さんは小さく頷くと、話を続けた。


「その日は僕の誕生日でね、僕らは仕事帰りに待ち合わせをしていたんだ。道路を挟んだ向かい側に彼女の姿を見つけると、僕は大きく手を振った。それに気づいた彼女は手を振り返し、待ちきれんばかりに目の前の道路を渡ろうとした……」


『真佳!! 危ないから歩道橋を渡れっ!!』

有沢さんは大きな声で叫んだのだけど、その声は雑音に消され彼女に届くことはなくて。

道路に飛び出した彼女は、手前の路地から猛スピードで左折してきた車に弾き飛ばされてしまった。

有沢さんの目の前で……。





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