蜜恋ア・ラ・モード

「あの日、僕が誕生日じゃなかったら。あの時、彼女に手をふらなければ……。そんな、考えてももうどうにもならないことばかりを毎日考えていた」

「でもそれは有沢さんのせいじゃ……」

「わかってる。わかってるけど、そうでも思わないとやりきれなくて。あの日から、僕の時間(とき)は止まったしまったんだ」


事故のことを思い出してしまったんだろう。有沢さんは静かに目を閉じると、苦痛の表情を漏らした。

その時の有沢さんの気持ちを、私には推し量ることはできない。

なんて声をかけたらいいのか……。

どんな慰めの言葉も今言うには嘘っぽく感じてしまって、適当な言葉が見つからない。


「もう恋をすることは一生ない。僕にはそんな資格はないと、働くだけの毎日を過ごしていたある日。ふらっと入った喫茶店でこの地域の生活情報誌を目にしたんだ」


そう言うと有沢さんはいつも持っている鞄の中から、A4サイズの冊子を取り出した。


「あっ……」

「気づいた? そうこれは、都子さんの料理教室の募集が掲載された生活情報誌」


それはスマイル料理教室を開く五ヶ月前。どこで宣伝しようかと悩んでいた時に、実家でふと目にした一冊の情報誌。地域密着型でほとんどの世帯に、無料で配布されていた。しかも掲載料が安い。

これだっ!! とすぐに連絡して、翌月から掲載されたのだけれど。


「何で料理教室だったんですか?」


そんな疑問が、口をついて出てしまった。



< 66 / 166 >

この作品をシェア

pagetop