蜜恋ア・ラ・モード

「真佳(まなか)のことが忘れられなくて前にも後ろにも動けないでいた時に、この情報誌を見て思い出したんだ。彼女が僕の手料理を食べたいと言っていたことを。でも当然、料理なんかしたことがない僕が作れるはずもなくて。持て余している時間を料理に費やすのもいいかと思って、そこに掲載されていたホームページにアクセスしてみたんだ。そうしたら……」


有沢さんは俯きがちにしていた顔をゆっくりと上げると、私のことを見つめる。その目には少しだけ明るさが取り戻されていて、私は小さく微笑み返す。


「私のホームページに、何か有沢さんの気を引くものがありました?」

「はい、ありましたよ。都子さんの素敵な笑顔が。真佳を亡くしてから消えてしまっていた心の灯が、君の笑顔を見た瞬間に炎を灯し始めたんだ」


最初は小さな炎だったんだけどね───

私の手を包み込んでる有沢さんの手に、力が込められる。


「僕自身、その炎が何を意味するのか最初はわからなかった。それでも料理教室の募集に応募すると、初日を心待ちにする自分がいたんだ。正直、驚いた。真佳がいなくなってから何も楽しみを見いだせなかったのに、そんな気持ちが沸き起こるなんて」

「じゃあ初日に私のことを見て、ガッカリしませんでしたか?」


あの日の私は、“有沢 薫” という名前に勝手に女性だと思い込んでいて、教室にやってきた有沢さんを見て立ち尽くしていたような。

きっと第一印象は良くなかったはず。

それに初日は突然洸太が現れて、とんだ騒動になってしまったし。

と言っても、それには有沢さんも絡んでいるんだけど……。


「ガッカリ? その逆ですよ、都子さん。あの日貴方に会って、自分の気持ちの意味がわかったような気がしたんです」

「気持ちの意味?」

「はい。僕の中に、いつの間にか都子さんの存在があって。その日を境にそれは、どんどんと大きくなっていった」


私の目を見つめたままゆっくり言葉を紡ぐと、ふわっと私を抱きしめる。



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