蜜恋ア・ラ・モード
「え? どうしたの?」
「じ、時間が……。いつの間にか11時回ってる」
「時間?」
そう時間。今日は有沢さんも参加する初心者Aコース、四回目の料理教室の日。
本来なら洸太が9時台に納品をしてくれるのと同時に、その日に使う材料の準備を始めるのだけど。有沢さんの思いがけない訪問に、すっかり忘れてしまっていた。
「有沢さん、ごめんなさい。私、準備始めますね」
そう言ってソファーから立ち上がると、有沢さんに腕を取られた。
「そういうことですか。ちょっと残念だけど、仕方がないですね」
有沢さんは掴んだ腕を軽く引き私を膝に座らせると、腰を軽く抱きしめた。腰に回された腕の感触に、くすぐったいような甘い痺れが身体中に走る。
「有沢さん、困ります。離して」
「すみません。じゃあこの続きは今夜たっぷり……」
そう耳元で囁くとチュッと唇を当て、腰の戒めを解いた。
「僕も手伝います。さっさと準備しましょう。ね、都子さん」
まるで子供みたいな笑顔を見せると、私の手を取る有沢さん。
有沢さん、ズルい。私のことを翻弄するだけ翻弄して、自分はさっぱりしたような顔して。
この続きは今夜……なんて言われたらいつも通りではいられなくて、ホント困ってしまう
「有沢さんのバカ」
聞こえないように呟くと、繋がれた手をギュッと握りしめる。それを有沢さんはどう取ったのか、同じように握り返してくるとクルッと振り返った。
「バカはその通りなのでいいですけど、いつまでも有沢さんでは困ります。名前で呼んで下さい」
「名前って。薫さんって呼べってことですか?」
「はい。もう一回」
「薫さん……」
その後も準備が終わるまで、何度も“薫さん”と呼ばされて。その度に嬉しそうな顔を見せる薫さんに、胸が暖かくなるのを感じた。