蜜恋ア・ラ・モード

「笑ったり怒ったり泣いたり。今日はいろんな顔の都子さんが見れて、本当にいい一日だ」


洗い物を終えた薫さんがタオルで手を拭くと、背中側からふんわりと私を抱いた。

いきなりのことに驚いて、手にしていたタオルを落としそうになる。

胸の前で交差された腕からじんわりと伝わってくる温かさに、鼓動が速くなっていく。


「か、薫さん? これじゃあ片付けができないんですけど……」

「そう? じゃあ……片付けは後にしたらどう?」


そうきますか、薫さん。

今日の薫さんならいいそうな言葉だけれど、私としては先に片付けてしまいたいわけで。

「ダメです」と言ってみたけれど、それをあっさりと却下されてしまうと、タオルを取られクルッと向きを180度回転させられてしまった。

ドキッとしながら薫さんの顔を見上げると、彼は意味ありげに目を細めている。


「外、結構暗くなってきたけど?」

「そう……ですね」


薫さんの言葉と視線が意味するもの、それは……

『都子さんを抱くのは、暗くなってからにするよ。明るいと恥ずかしいでしょ?』

夕飯の前に薫さんが言った言葉を思い出し、一気に顔が熱くなっていくのを感じる。

夜になれば……

わかっていたことなのに、いざとなると心と身体の準備がまだできていないというか。

未経験ではないとはいえ、久しぶりなことに決心がつかず躊躇してしまう。


「あっ!! 薫さん、コーヒー飲みませんか? 私、上手に淹れるんですよ?」


この期に及んで逃げるような発言をした私に、薫さんが苦笑した。


「わかった。夜はまだ長いからね」


耳元で甘く囁くと、首筋にひとつキスを落としてから私を抱く腕を緩めた。





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