ヒートハート
ヒートハート

ノートパソコンのツールバーの隅の時刻を、さりげなく確認する。

3時。

5時半の定時まで、まだ2時間以上ある。


ため息を押し殺しつつ、キーボードを無心で叩きつづける。

この書類を仕上げて、まだ他にもやることがあって。

仕事は山積みだ。


今日はイブだというのに、終わる気配が見えないなんて。


けれど、社会人のクリスマスなんて、日常と大差ないことくらい、身をもって痛感している。

クリスマスだからといって、特別な日でもなんでもない。

土日や祝日じゃないかぎり、休みになることはないし、年末年始の休暇に向けて、多忙に輪がかかる。

学生なら、ちょうど冬休みに入る頃だというのに。


とにかく、仕事を片づけないことには帰れない。

我ながら一心不乱に、パソコンと向きあう。



と、パンツのポケットに入れている携帯が短く振動した。

たぶん、メールだ。


マグカップにいれたコーヒーが空になっているし、いれなおすついでに、メールの確認をしてこよう。

マグカップを手に、いそいそと立ちあがる。

課を出て、給湯室に向かう。



あっ。

すでに先客がいる。


あの後ろ姿は、同僚の女の子だ。

朝はしっかり巻いていたはずのウェーブの髪の毛が、ほつれかかっている。

年齢が近いこともあるのか、この会社では一番仲がいい。

タンブラーにお湯をそそいでいるところを見ると、彼女もコーヒーをいれなおしているんだろう。


隣に立ち、お疲れさま、とお互いに挨拶を交わしあい、マグカップにインスタントコーヒーをいれていると。

ちょっと聞いてよ、と彼女があきれ声を響かせる。



「イブなのに、あの仕事の多さ、なんなの。全然終わる気がしないんだけど。約束あるのに、もう最悪」

「約束って、例の彼?」

「もちろん」



げんなりとした表情の彼女は、別の課の、開発部の3つ年上の彼と社内恋愛をしている。

昨年末の忘年会で隣同士に座ったのをきっかけに、その場ですっかり意気投合してしまったのだ。

社内恋愛を公にすると周囲から冷やかされるだけで、そのことを知っているのは、私くらいなもの。


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