普通に輝くOL
郁香はごくっと紅茶を飲みほして、黙ったまま台所のドアを開けた。


「わっ、ごめん。べつに酔っぱらって言ったんじゃないんだ。
馴れ馴れしすぎて軽蔑されたかな。ごめん・・・。」



「怒ったフリ~~~だっ!おやすみ~直登♪」


少し頬を赤くして郁香はささっと部屋にもどっていった。


「何やってんだ・・・俺。
郁香はきっとノリであわせてくれただけなのに。

いい年して弟に張りあったりして・・・寝よ。」



翌朝、直登と郁香は2人して目をこすりながら車に乗り込んだ。

前日と夜中の話題には一切触れずに、黙ったまま仕事に意識を集中させている様子のまま出社した。



会議室には、彰登も他のデザイナーたちも目を輝かせながらプレゼンの始まりを待っていた。


「お待たせいたしました。では、これより女性用マンション各所のデザインについての会議を始めたいと思います。
プレゼンの順は先にお配りした進行表の順によろしくお願いします。」


社長秘書の碓井要一が開始の挨拶を行った後、直登が補足として意見をつけたす。


「先日のパーティーでの展示などを見せていただいて、どなたもそれぞれユニークな個性をお持ちなのはわかっております。
ですから、このプレゼンで採用されるのは1名と断言はしないことにします。」


「それは、複数のデザイナーが担当になることもあるということですか?」


「そうです。マンションの立地や実際に住まわれる方の個性にあわせるのもいいかと思いますし・・・逆に説明の内容において、採用は0ということもあるかもしれません。」



「0はないでしょう!少なくとも今回初めて楢司で発表される方々が不採用だった場合は、今までどおり僕が仕事をすることになるんでしょうからね。」


少し、彰登と直登が険悪な空気を発生させた感じをおぼえた郁香は思わず発言し始めた。


「あの、すみません・・・社長が0の可能性をおっしゃるのは私がちょっと疑問に思ったことがあったからだけなんです。
女性用のマンションですべて女性仕様なのに、応募者が女性ひとりだというのが・・・。」


「郁香・・・この前、僕はデザイナーが男性でも女性でも好かれるデザインなら関係ないって話をしたと思うんだけど。

パーティーも含めてこのメンバーが最終審査枠に入った面々であるのは楢司の社員のアンケートを始め、専門家の審査員たちの意見で決まったはずだろう。
いくら会社の社長であっても個人の都合で採用が0にしていいはずがない。」



「そ、そうですね・・・出過ぎたことを言ってしまってすみませんでした。」


「お、おい彰登。そういうことを我が社の役員でもないおまえがいうのもおかしいことだろう。
採用0の件はあくまでも、最終的に問題があった場合のことです。

まずは皆さんの中からいいものが飛び出して来ることを期待しています。」


直登は彰登にそういって、部下にプレゼンの進行に移るように命じた。


プレゼンは候補の4人が順番に行い、無事すべてにおいて社内テレビ放送で流されて終了した。

そして、審査時間としばしの休憩に入った。



彰登は郁香と話をしようと居そうなところを捜したが、見つからずにため息をついた。


「やっぱり・・・あいつ、僕の言葉で落ち込んだのかな・・・。」


「彰登、どうした?おまえは今日は脇役だから気楽にしていればいいのに。」


「直にい、郁香がいなくてさ。いつもなら、僕の前から消えたりしないのに・・・。
よく、考えたら郁香は僕が説明したことはきちんと聞いてくれてる子だからデザインするのに男も女もないことなんてわかってたんだろうなって・・・。

なのに、僕はたくさんの客の前であんなきつく言ってしまって。」


「おまえらしくないなって思ってた。」


「えっ?」


「僕にケチをつけるのは弟だからそれもアリかと思ってたけど、おまえと僕の間の雰囲気が悪いと思って無理に言わなくてもいい発言をしてくれたことくらい、彰登なら気づいてると思ってたけどな。

まさか、嫉妬にかられて僕ではなくて郁香に文句をぶつけたのは悪い。
郁香はたぶん屋上だと思う・・・。」


「屋上?そこが彼女の逃げ場所なのか?」


「いいや。そこは僕の逃げ場所だからな・・・。」


「まあいいや、サンキュ、直にい。でも直にいには、謝らないからな!」


彰登はすぐに階段をどんどん駆け上がって屋上へと出た。


「郁香ぁ!!」


「あ、あれ・・・彰登さん。何かあったんですか?
すみません、私まだお弁当中で・・・。」


「あ、いいんだ。ゆっくり食べながらきいてくれ。
プレゼン前に言った言葉のことなんだが、ごめん、言い過ぎた。

よく考えれば君がわかりきっていることをまたつらつらと言って、みんなの前で辱めてすまなかった。
ほんとにごめん。申し訳ない。」
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