普通に輝くOL
郁香が帰宅すると、直登がテーブルの上に大きな鍋を置いて待ち構えていた。


「あ・・・ごめんなさい。
直登さんは病み上がりなんだから寝ててくれてよかったのに。」


「そうはいかない。
寝込んでしまったは僕の落ち度だし、そのフォローを君は完璧にこなしてくれたんだから。
このくらいのねぎらいはして当然!だろ。

藤子さんが鍋とオードブルを作っておいてくれたから食うといい。」


「わざわざ温めてくれたの?」


「そのくらいはするさ。僕は弟たちのメシの用意もしてたんだから、厨房に入らずの男子とは違うんだゾ。」


「そ、そうなんだ。直登さんのお嫁さんになる人は料理が完璧の人じゃない方がいいかもね。
私が全部しますから・・・なんて人だったら台所に入られてるとうっとおしくなっちゃうもんね。」


「べつに、それはそれでも僕はかまわないけどね。
忙しいから帰ってからはおっさん臭くゴロゴロしてたいな。」



「じゃ、ゴロゴロしていれば・・・。」



「郁香は完璧じゃないから、ゴロゴロしていられないな。あははは。」


「私だって専業主婦だけやれる身分なら、料理くらい習いにいって完璧に仕上げるわよ。
財産だの仕事だのってごたごたしてるから・・・まだやってないけど。」



「へぇええ・・・初めてきいた。
けど、郁香を専業主婦にしてしまうのはもったいないな。
今だって僕でも成し得なかった大プロジェクト以上の問題を片づけてきてくれたんだからね。
ありがとう。」



「そんな・・・お礼を言われるなんて思ってなかった。
私が勝手な判断をして、すずらん荘であの人たちを働かせようなんて決めちゃったから、帰ったらお説教されるんじゃないかって思ったもの。」


「うん、それも考えたけどね・・・でも、君の説明をきいているうちに、僕が君の立場だったら、救済できる力や場所をうまく使えた。いい方法だって思った。

そこは何が何でも僕の部下だのうちの社員だを貫き通さなくてもいいかなぁってね。
うちの会社としては、あの人たちに出てもらって新しい開発ができることが一番だからね。

人としては、あの人たちにすずらん荘にきてもらえたらうれしいよ。
僕たちには親も行き来する親戚もいないからね。」



「親戚ねぇ・・・。私にはさっぱりわからない世界だけど。
お金をたくさん持てば親戚はかなり増えたりするわね。」



「親戚だって連絡があったのか?」


「ここにはないけど、おじいちゃんの遺産の話をきいた2日後には知らない人から電話がかかってきたわ。

親戚だといいながら、結婚してくださいみたいなのもあったのよ。
本人が言ってきたり、母親と称するおばさんが言ってきたりね。」


「なんでそれを早く言わなかった!!
もしストーカーにでも遭ったらどうする。
財産よりも君自身が危険にさらされてしまってるじゃないか。」


「もう大丈夫だって・・・。だってもうお金あんまりないもの。」


「どういうことだ?何をした・・・」



「すずらん荘以外の別荘を処分したお金はほとんど寄付してしまったし、この家と必要経費にもお金は払ったし、すずらん荘も会社のものになれば、かなりすっきりするわ。」


「なっ・・・寄付って・・・。」


「勝手なことをしてごめんなさい。
直登さんに譲り渡してしまった方がよかったかもしれないんだけど・・・喜んでくれない気がしたし、やっぱりストーカーとかちょっと怖いところもあって・・・急いじゃったの。

言いだせなかったのは、優登が結婚話を持ち出してたときで、そんな相談したらそれこそ・・・優登の申し出を断れなくなってしまうと思って。」



「どうして僕に相談してくれなかったんだ?
優登に相談したら・・・という選択肢はあっても、僕に相談する気はさらさらなかったわけだ。

徹朗じいさんの遺産は自分のものだから、いちばん利用されそうな僕には何も言いたくなかったというわけか。
譲り渡したら喜ぶかどうか話もきいていなければ、あとで何とでも言えるよな。」



「そんな!だって直登さんは私からほしいものがあれば売ってもらうって・・・。」


「それはそれ。ストーカー被害が怖くて財産を寄付で整理しようなどと、やることが独りよがり過ぎると言ってるんだ。
こっちはストーカーのことなんかさっきまで何も知らなかったし、この家だって急いで何とかしたのに。
わかっていたら、そのまま邸に居た方がよかったんだ。」



「わかった。言いたいことはわかったわよ。
私はわがままでひとりよがりで愛想がつきたっていうんでしょ。
お金がなくなれば、みんなそうなのよ。

私はもともとお金なんか持ちなれない人種ですからね。
ストーカーに何かされるくらいならもらったお金なんてドブにみんな捨てられるわ!
この家もお返しします。」
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