普通に輝くOL
長月はしばらく考えてから、口を開いた。


「この部屋の契約はしばらく様子見ってことにしませんか。」


「それは貸していただけないってこと?」


「いえ、住むのはかまわないってことです。
でも、契約してしまってもしもトラブルがあれば、住民の皆さんから苦情だけでなく、この先の私のビジネスにも影響が出ますからね。

それは僕にとっては困るんで、口約束でここに住んでください。
その間に、誰かが訪ねてきて問題になるようなことがあれば、すぐに出ていってもらいます。」


「トラブルがあるって読んでおられるんですね。」


「さあ、どうでしょうね。
僕は、楢司に出入りしている会社で勤務していますし、花司兄弟とは今までどおりの付き合いがしたいですからね。」


「じゃ、私は厄介者ですよね。」


「そうはいいません。僕はあなたの隣人になりたいし、僕のデザインを気に入ってくれたあなたに住んでいただきたいと思います。

だが、あなたは花司兄弟を完全に切り離して生きていくことができるのかどうか・・・?」


(切り離して・・・。そういうことになるのね。
できるのかしら。)


郁香は長月のマンションを後にして、自宅へともどってきた。


リビングで直登が怖い顔をして座っている・・・。


「デートじゃなかったんですか?」


「終わったから帰ってきたんだ。」


「終わった・・・って、中学生じゃあるまいし、まだ夕方にもなっていませんよ。」


「食事して映画を見た。」


「気に入らなかったんですか?」


「さぁ・・・わからない。たぶん、相手はあきれてしまったかもしれないな。」


「そうですか。」


「君はどこに出かけていたんだ?
いつもなら、行先を言って出かけるか、メモを残してくれてたのに何もなかったぞ。」



「ちょっとショッピングですよ。ブラブラしてアテがあるわけじゃないから、書かなかっただけです。
それに、私の行先なんてもうすぐ気にしなくてよくなるじゃないですか。」


「まわりくどいのはイヤだから率直にきく。
僕を避けていたいからか?
僕に気をつかって、顔を見たくなかったのか?」


「それは直登さんもでしょう?
コソコソとお見合いして、デートもしないといけないんですもの。」


「ではおおっぴらに会社が危機に陥ってはいけないからデートして結婚してくるって言えばいいのか?」


「そんなこと・・・べつに。私には関係ないことだし・・・。
私は退職してもよそを探せばいいことだし。」


「よそを探す?だめだ、だめだ!それは許可しない。」


「横暴よ!直登さんが結婚してここに住んだら、私は出るしかないじゃないですか。」


「楢崎邸へ行けばいい。君の持ち物なんだし。」


「嫌です。私・・・さっき、新しい家は決めてきました。」


「なんだと・・・。どこだ?どこに決めた?」


「直登さんには言いません!あとでわかっても立ち入り禁止区域です。」


「なんだそりゃ?その口ぶりだと、君の持ち物じゃないな。賃貸物件か?
それか、誰か知り合いの家なのか?」


郁香は質問には答えず、横を向いたまま自分の部屋に入ろうとすると、後ろから直登に引っ張られて抱きしめられた。

郁香はびっくりして顔を上げると、直登の首筋にすでに赤い湿疹のようなものが出てきている。


「直登さん、離れて!そのままじゃあとで大変になる・・・お願い、すぐに離れないと!」


「返事しない限り、離さない。・・・痒いのも痛いのも我慢する!」



「だめだってば!言います。長月さんのデザインマンションです。学生用だから一般の人は立ち入り禁止なの。」


「なっ・・・」


直登がぜえぜえ言いながら郁香から離れると、その場に座り込んでしまった。


「長月静留と会っていたのか?・・・そっか。彼のデザインは君のお気に入りだったもんな。
そうか・・・高谷設計に引き受けてもらうことも考えておけばいいか・・・。」


「何のことなの?」


「うちの社員の割り振りだよ。もしも、うちが規模縮小をしたら?って話。
広登と碓井のアドバイスもあって考えたんだけどな・・・うちの社員を関連してる会社にそれぞれ引き受けてもらえたら、こじんまり経営にはなるけど、やっていけるんじゃないかなって・・・な。

今やってる堂原学院の仕事が消えるわけじゃないし、こじんまりなら倒産の心配はなくなる。」



「大手は引いちゃうんでしょ?結婚しないと。」


「まあな・・・。だけど、今、僕は決心がついた。
アレルギー云々で大事な奥さんを決められない。

たとえ、つらくても、痒くても、僕は郁香を手放さない!
会社が安定してきたことに僕は、甘んじてきただけだったんだ。
広登に言われたよ。攻めの姿勢が感じられない社長なんて取締役会でクビにするってさ。」


「そんなぁ・・・」
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