楓 〜ひとつの恋の話〜【短】
― カランカラン……
剥げた銅色の鐘の音が響き、冷たい風が舞い込んで来る。
「いらっしゃいませ」
それと一緒に、ブラックのコートに身を包んだ男性が入って来た。
「こんばんは、楓(カエデ)ちゃん」
トクンと高鳴る胸の奥を隠し、はにかみそうになるのを堪えて笑顔を見せる。
「こんばんは。空いてるお席へどうぞ」
「ありがとう」
男性は小さな笑みを浮かべ、奥から二番目の窓際のテーブルに着いた。
落ち着いた口調や、身の熟し。
大人の魅力を静かに醸し出す男性がコートを脱ぐと、スーツに包まれた体が現れる。
たったそれだけの事でまた心臓が高鳴って、何を話した訳でも無いのに胸の奥がキュウッと締め付けられた。
スライスしたレモンで香り付けをした水をグラスに注ぎ、男性の元へと持って行く。
「いつものを」
その言葉が指すのは、ブレンドコーヒー。
「はい。すぐにお持ちしますね」
それをわかってしまえるのは、この男性が常連客だからだ。